Interview:"へいさんのシヤレードへの想い" 〜With Respect To Y.Respect〜
■ランバート、トランザムの時代。 ――その下はランバートでしたね。ジェイドロバリーの。 へい「そうです。上の2頭に続く新馬勝ちっていうのもあったんですが、札幌での新馬戦が凄いタイムでしたよね(D1000重 松中幹騎手 0:59.3)。ところが函館3歳S(G3)でレース中に骨折。アビリティのこともあって、なかなかうまくいかないなぁ、と。でも復帰戦の500万下で勝ち上がって、NHK杯(G2、当時ダービートライアル)で大敗。実はこの時馬券獲ってるの(^^; マイネルブリッジで。」 ――裏切り者ぉ〜 へい「まぁまぁ(^^; ところが駒草賞(900万下、武豊騎手)で逃げ切り勝ちして、やっぱり違うな、と思いましたね。」 ――長く活躍したのが、トランザムでしたね。 へい「本当に長いこと走ってくれましたね。」 ――1997年デビューで、2002年引退ですか。凄いですよね。 へい「新馬勝ちが出来なかった初の兄弟です」 ――あ、そんなことまでご存知なんですね。 へい「はい(^^) 2戦連続で2着でした。未勝利勝って、京都3歳S(OP)に出てきたときに2着でしょ。エリカ賞(500万下)こそ勝ったけど、ちょっと何かが足りないのかな、と思いました。」
■ルシダが生まれて、一安心? ――この兄弟のなかで、女の仔たちは結果が出せていませんね。 へい「最初にルシダが生まれたと聞いたとき、これで一安心だな、となぜか思いましたね。初めての牝馬でしたから、この血統が残るという安心感を感じたんでしょうか。当時はそこまで考えていなかったと思うんですけど。ただ気になる情報がホームページに寄せられるようになって……」 ――ああ、リスペクトが活躍し出していたので、インターネットの仲間たちが増えていった時期ですね。 へい「そう、そうです。ヤマニン倶楽部もこの時期ですよね」 ――そうですね。リスペクトのクラシックの時期でしたから。ルシダにも期待してたんですか? へい「……いえ、あんまり……」 ――どうして? 今までと違いますね(^^; へい「ええ、実は新和(育成牧場)の方から、あまりぱっとしないという情報がありまして、これは走らないかも、と」 ――ああ(^^; へい「もちろん期待してはいましたよ(^^ゞ」 ――ルシダの産駒にですか? へい「なおやさん、辛口過ぎます(^^;」 ――またまたシツレイしました(笑) へい「でも、ファニオンには凄く期待してましたよ。やっぱりネットで知り合った方が取り上げたという話を知りまして、余計に。」 ――そういうのはありますね。ヤマニン倶楽部でもありますよ、個人的には。 へい「そうですよね。残念ながら引退してしまいましたが、2頭ともいいお母さんになって欲しいです。楽しみができましたよ」
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